三次に伝わる稲生物怪録の大絵巻
どんな伝承か
広島県三次市に個人蔵として伝わる稲生物怪録絵巻は、稲生平太郎と妖怪たちとの攻防を素朴だが力強い筆致で描いた一大妖怪絵巻である。時は江戸中期の寛延二年(一七四九)、備後(現在の広島県)三次藩士の子息で十六歳だった稲生平太郎は、後に武太夫と改名する人物で、相撲の師匠・三井権八のもとで日々を過ごしていたという。国前寺には、この妖怪退治にまつわる魔王から授かった木槌の由来を描いた絵巻も伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。