御隠殿の弁才天と身代わりの鼠
どんな伝承か
徳川時代の末、東叡山の領地であった根岸の御隠殿という別荘の敷地に、池のほとりの弁才天の祠があった。文政三年十一月中旬、御隠殿に仕える豊田沖見の夫婦がここに参詣した。その夜、家僕の夢に、台所の流しに長年すみついているという鼠が現れる。夫人が不浄の身のまま橋を渡ったため、橋の下で行法を修していた霊蛇の法が破れ、明晩は蛇を集めて仕返しに来るという。鼠は恩返しに命を捨てて防ぐが力が足りないので助けてほしいと頼んだ。主人らは部屋ごとに灯をともし、刀や槍を手に徹夜したが何事もなく、朝になると流しで大きな鼠が仰向けに死んでいた。
原典より
徳川時代の末季に、江戸東叡山の領地の根岸の御隠殿と稱せられた別荘地内の池畔に辨才天の祠があつたが、文政三年十一月中旬、隠殿の臣豊田沖見と云ふの夫婦が辨才天に参詣をしたところ、その夜、家僕の夢に、或る物があつて告げるには、…—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。