筆跡を貸した祐筆と近火の護符
どんな伝承か
徳川の中ごろ、江戸の小日向にあった水野侯の屋敷に仕える祐筆が、見知らぬ僧に呼び止められ、あなたの筆跡を二、三日貸してほしいと頼まれた。軽い気持ちで承知したところ、その日から一字も書けなくなった。三、四日して僧が訪ねてきて、筆跡を返すと言い、一枚の書を渡し、これは近くの火事から守る護符だと告げて去った。祐筆はその日から以前どおりに字が書けるようになった。書は軸に仕立てて秘蔵していたが、あるとき土蔵にしまい込んだ。まもなく近所から火が出て住まいは全焼し、古い蔵だけが不思議に焼け残ったという。
原典より
徳川中葉のこと、江戸小日向の水野侯の祐筆某が、一人の見知らぬ僧に逢つたところ、貴君の手蹟を両三日貸してくれまいかと頼まれた。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。