起宿に降った三十七か所のお札
どんな伝承か
起宿では、九月十九日の夜からお札が降りはじめ、起村だけでもその数は三十七か所にのぼった。札は近くの村々にも降り、小信中島では十月六日、起では七日と八日に、それぞれの村が笹馬や俄踊りを氏神に奉納して村中を練り回った。人々はこれを豊年の吉兆と受けとめ、大いに飲み食いして踊り狂ったと伝わる。
原典より
起宿(尾西市)では、九月十九日夜から降札があり、起村だけでも三十七か所におよんだ。—— 愛知民衆運動の歴史 新版 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知民衆運動の歴史 新版
『愛知民衆運動の歴史 新版』は、愛知の民衆運動の歩みをたどる歴史書の新版である。慶応三年の「ええじゃないか」を扱う節で、三河国渥美郡牟呂村・羽田村に始まる伊勢神宮などのお札降りが、吉田宿、名古屋城下、稲沢・尾西・小牧・江南などへ広がった経過を、神官の留記や村の日記、『丁卯雑拾録』『感興漫筆』などの記録から跡づける。名古屋で降った札の種類と枚数の順位表を掲げ、降札を仕掛けた者をめぐる当時の見方と、騒ぎを担った民衆の姿を論じる。