三十九枚の降札と二夜三日の祭礼の練り歩き
どんな伝承か
大泉村には、伊勢皇太神宮・善光寺・牛頭天王・秋葉山などの札がこの順に降り、その数は三十九枚にのぼった。村では二夜三日にわたる祭礼が行われ、はやし方が鳴り物を鳴らしながら、周りの村々を練り歩いたという。上伊那地方は信濃の中でも札降りの騒ぎが特に激しく広がった土地で、大泉村の祭礼もそうした熱気の中で催されたものであった。
原典より
大泉村では、伊勢皇太神宮・善光寺・牛頭天王・秋葉山などの順で三九枚が降った。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)
『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。