伊勢皇太神宮など六十枚も降ったお札降り
どんな伝承か
上伊那の上新田村では、伊勢皇太神宮をはじめ善光寺・秋葉山・三峰山・御嶽山など六十枚もの札が降った。同じく伊那の野口村にも降っている。上伊那地方は九月下旬の赤須村・上穂村にはじまり、十月四日からの高遠城下町、上新田村、木下村・松島町村・南小河内村、大泉村、さらに辰野の小野村・平出村・上辰野村・宮木村・北大出村へと降札が続き、信濃のなかでもお札降りの騒ぎがもっとも集中的に激しく広がった地域であったという。
原典より
上新田村では伊勢皇太神宮をはじめ、善光寺・秋葉山・三峰山・御嶽山など六〇枚が降り、野口村(伊那市)にも降った。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)
『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。