六十枚の札が降った上新田村
どんな伝承か
上伊那地方に札降りが広がった慶応三年、いまの伊那市にあたる上新田村にも多くの札が降った。内訳は伊勢皇太神宮が二十三枚、善光寺が十枚、秋葉山と三峰山がそれぞれ五枚、御嶽山が三枚などで、合わせて六十枚に達したと記録されている。
原典より
上新田村(伊那市)には、伊勢皇太神宮二三、善光寺一〇、秋葉山・三峰山各五、御嶽山三など、計六〇枚が降った。—— 長野県史 通史編 第6巻(長野県史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 通史編 第6巻(長野県史)
『長野県史 通史編 第6巻』のうち、第七章第五節「木曽騒動とお札降り」の二「お札降り」の項を収める抜き書きで、冒頭は佐久地方の村方騒動と軽井沢宿の打ちこわしを述べる段の途中から始まる。慶応三年七月に三河で始まったお札降り・ええじゃないかが伊那谷と中山道を経て信濃に広がり、下伊那・上伊那・高遠・諏訪・木曽・松本平・北信の村や宿場で降札と祝祭が起きたさまを、村の記録や日記からたどる。最後に世直りへの期待と維新との関わりをまとめる。