三十九枚の札と大泉村の練り歩き
どんな伝承か
いまの南箕輪村にあたる大泉村にも、慶応三年の札降りの波が及んだ。降った札は伊勢皇太神宮と善光寺がそれぞれ九枚、津島牛頭天王が七枚、秋葉山が四枚などで、合わせて三十九枚にのぼった。村ではこれを祝って、十一月十六日から十八日までの二夜三日、はやし方が鳴り物を打ち鳴らしながら近隣の村々を練り歩いた。上伊那一帯に広がったお札降りの熱気を伝える一例である。
原典より
ここでは十一月十六日から十八日までの二夜三日、はやし方の鳴り物入りで村々をねりあるいている。—— 長野県史 通史編 第6巻(長野県史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 通史編 第6巻(長野県史)
『長野県史 通史編 第6巻』のうち、第七章第五節「木曽騒動とお札降り」の二「お札降り」の項を収める抜き書きで、冒頭は佐久地方の村方騒動と軽井沢宿の打ちこわしを述べる段の途中から始まる。慶応三年七月に三河で始まったお札降り・ええじゃないかが伊那谷と中山道を経て信濃に広がり、下伊那・上伊那・高遠・諏訪・木曽・松本平・北信の村や宿場で降札と祝祭が起きたさまを、村の記録や日記からたどる。最後に世直りへの期待と維新との関わりをまとめる。