投降する兵を撃った岩陰の日本兵
どんな伝承か
昭和二十年八月二十日、摩文仁高地への集中砲撃が始まり、艦砲射撃も加わってすさまじいものとなった。午前十時ごろ、港川の方から青い舟艇が近づき、戦争は終わった、岩陰の者は出てきなさい、泳げる者は舟まで泳いで来なさいとスピーカーで投降を呼びかけた。砲撃は一日続いて夕方に止み、数えきれない女や子ども、年寄りが港川へ向かって歩き出した。その後ろに五、六人の兵隊が続いたが、明らかに投降と分かるその兵たちは、岩陰からの銃声で次々と倒れた。撃ったのも日本兵で、皇軍の投降は見過ごせないと狙撃したらしいという。
原典より
○青森県、弘前東部第五十七部隊。—— 現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。