値をつり上げて枯らした斑入りの柾木
どんな伝承か
著者の祖父に仕えた者が、のちに御先手組の同心となって牛込の榎町に住んでいた。そのあたりでは植木を仕立てて好きな人に売る者が多かった。ある日その同心が庭を見回ると斑入りの柾木が一本あり、珍しい木ではないが、ちょうど斑入りがはやり始めたころなので鉢に移して育てた。鬼子母神参りの道筋だったので、十月ごろ門前を通る人が目をとめて値をつけ、はじめ百文だったのが日に日に上がって金百疋にまでなった。酒好きの同心はもっと高く売ろうと二分でなければ売らないと粘っていたが、ある日地震で雨戸が倒れて柾木を傷め、鉢も割れ、木はやがて枯れてしまったという。
原典より
或日地震して雨戸打かへり、彼柾木を損じ鉢も打割し故、大に驚き植直しなどせるが、—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。