湯立てで占い死者の言葉を伝えた巫女イチコ
どんな伝承か
大正の初めごろまで、渋川地方にはイチコと呼ばれる巫女が回ってきていた。東北のイタコと同じく、歩きみこと呼ばれる遊行の巫女であったらしい。白い着物に朱の袴という姿が、人々の目に強く残っていたという。庭に四本の竹を立てて注連縄を張り、釜で沸かした湯に竹の笹をひたして体に振りかけて拝んだといい、湯立ての占いだったと考えられる。何を占ったかははっきりしないが、年の吉凶や家の幸不幸を見て、ときには託宣もしたのではないかという。またイチコは、亡くなった人や遠くにいる人の言葉を伝える死に口・生き口の仲立ちもしたと伝わる。
原典より
またイチコは、死者や遠く離れた人のことばを伝える死に口や生き口の仲立ちをしたことが報告のなかに出てくる。—— 渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ)
『渋川市誌 民俗編』は、渋川市の市誌民俗編のうち、第六章「民俗信仰」の第一節から第五節の初めまでを収めたものである。人魂・幽霊・ロクロッ首・生まれかわり・死神などの霊魂の話、手をつけてはいけない聖地や耕すと祟る忌地、オサキ使いや狐つき、神かくし、若宮八幡などのたたり、イチッコと呼ばれる巫女や祈禱師、東向き鳥居参りなどの祈願を、市内の大字ごとの聞き書きで記す。はじめにで章全体を解説し、続く節では話に見出しと採集地の大字を添える。