七島灘に沈んだ宝船松保丸
どんな伝承か
慶応三年八月、琉球から薩摩の島津家への貢物を積んだ松保丸が、七島灘の中の島の沖で嵐に遭って沈んだ。積荷の目録には金や銭が山ほど並んでいたが、実は大半が鉄屑や石ころの偽物で、難所で沈めるのは初めからの筋書だったらしいと後に分かったという。約二十年後には静岡の漁師らが引き揚げた銀を盗んで罰せられ、権利は人手を転々としたが、沈んだ場所が分からず引揚げは失敗続きだった。大正十五年三月、三田光一が潜水夫らを連れて島へ向かい、陸からの指図で沈没場所を突き止めたが、七月中旬まで潜っても揚がったのはわずかな丁金や腐った天保銭ばかりで、三田は詐欺漢の汚名を着た。
原典より
三田霊媒の霊能により宝船の沈没箇所は彼の陸からの指図によって突止めたのであったが、…—— 新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年))
『新心霊科学事典――人類の本史のために』は、田中千代松が一九八四年に編んだ心霊科学の事典である。十九世紀半ばのハイズヴィル事件に始まるスピリチュアリズムと心霊研究・超心理学の用語、国内外の研究者・霊媒・研究団体を、多くの寄稿者の執筆による項目で解説する。巻頭の論説「人類の将来」、五十音順の「現象編」と「人物・組織編」、巻末の「総括と展望」とあとがきから成る。