横浜裁判所で勝った真土村の村民
どんな伝承か
長右衛門に地所を欺き取られた真土村の村民は、明治九年八月、高橋新七ら四人が横浜へ出向き、法律学校を開くため来ていた田村某を連れ帰った。田村が証拠書類をそろえて小田原警察署に告訴すると、警察は地所の返還を命じたが、長右衛門は従わず、事件は神奈川県の警察へ回された。村民は同年十一月、関係者一同の連署で横浜裁判所に質地取戻しの訴えを起こし、総代の首脳には屋根屋の冠彌右衛門が立った。長右衛門側の代言人は星亨だったが、村民が勝訴し、皆は凱旋するように村へ帰った。
原典より
裁判に勝つた村民は、凱旋する勇士のやうな顔をして眞土村に歸つて來た。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。