谷川に映った蟹の鋏の影
どんな伝承か
土佐の高岡郡、佐川領になった長野から戸波へ越す日浦坂の麓で、お種という娘が谷川の流れで洗濯をしていると、聞き覚えのない声が「お種さん」と呼びかけてきた。振り返ると、紫色の振袖を着た十五、六歳の女のような少年が道に立っており、「私を忘れたの」と笑いかけてきたが、お種にはまったく見覚えがなかった。少年は「今に判ります、また近いうちにお目にかかります」と言い残し、日浦坂の方へ歩き去った。その日の夕方、家族が食事をしている裏口の暗がりに気配があったところで本文は途切れている。
原典より
「お種さん」お種は赤い襷をかけ白地の手拭を姉様冠りにして洗濯をしていた。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が著した怪談・奇談の短編集である。著者の郷里である土佐の高岡郡や長岡郡の山村の話を多く含み、越中の放生津や立山、利根川の河口、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の処刑にまつわる怪異を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人から聞いた話として語る篇もある。