老婆の正体
どんな伝承か
飛脚は佐喜の浜の鍛冶屋を訪ね、母が怪我をして傷を見せないと聞くと、金創の薬をつけてやろうと申し出て、二人で家の右手から裏口へ回った。小さな木炭納屋の中、莚を積み重ねた上に背の高い老婆が足を投げ出して寝ていた。頭は穢い衣の破れでぐるぐる巻きにされている。飛脚が声をかけると老婆はきっと睨み、みるみる口が耳の方まで裂けて「昨夜の侍じゃな」と吠えるような声を出し、恐ろしい獣の姿になった。鍛冶は驚いて気絶し、飛脚は刀を抜いて怪狼の咽喉元を刺し通した。怪狼は一、二年前に鍛冶の老母を食い殺して化けていたのだった。
原典より
怪狼は一二年前、鍛冶の老母が山へ枯枝を拾いに来たのを喫い殺して、それに化けていたのであった。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。