女の懐へ飛び込んだ亡妻の位牌
どんな伝承か
昭和六年二月のことである。北海道江別町十二戸通りに住む川辺留吉は、若い女を相手に家財を取り片づけていた。留吉はもとその町の富士工場木工部に勤めた実直な男で、貯めた数千円を元手に高利貸をしていたが、前年に四人の子を残して妻に死なれた。わずかな金を貸していた隣村の貧しい家の娘を下働きに連れてきたところ心を惹かれ、貸金を棒引きにして同棲することにした。子を実家に預け、荷の始末もついたところで妻の位牌を思い出し、女と仏壇の前へ行って手をやると、位牌は生き物のようにぐらぐら動き、小鳥のように飛び上がって女の懐へ入った。女は叫んで逃げ帰り、その家では姉が発狂していた。
原典より
* 亀の子を握ったまま (270)* お墓の掃除 (272)* 位牌と鼠 (273)* じゃれつく犬 (274)* 怪談会の怪異 (275)* お天気祭 (276)* 三千円の借金 (279)…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。