三尺坊の蔵王堂の跡を伝える栃尾常安寺
どんな伝承か
越後栃尾の常安寺は、秋葉三尺坊がもと主であったという長岡の蔵王堂の跡を伝える寺で、戦国時代の末に上杉氏によって長岡から栃尾へ移されたという。秋葉信仰の分かれの一つで、寛保三年には遠江の秋葉寺と、秋葉信仰の本家はどちらかをめぐって寺社奉行所で争った。奉行は、遠州は根元で越後は根本、あるいは今の根元は遠州だが古来の根元は栃尾だと裁いたと伝えられる。
原典より
この三尺坊の神輿は鈴鹿山脈の手前で京都所司代によって阻止された。—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。