昼日中に降った中島郡の神仏の札
どんな伝承か
お札降りは夜や早朝に起きることが多いなかで、時刻を明記した昼間の記録も残っている。九月二十二日巳の上刻には天照皇大神宮、十月二日昼の午刻には中島郡の沖村・多加木村・牛島村の野村久助、服部利八らの家に、十月三日未の下刻には鈴木治右衛門方に秋葉三尺坊大権現の札が、それぞれ白昼に天降ったと日付・時刻つきで記録されている。
原典より
ずっと時間が下って昼間のものは、次のように書かれている。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。