御鍬様を迎えた豊年の囃し歌
どんな伝承か
「オクハサマガゴザッタァ」というはやし歌は、慶応三年の「二夜三日正月」で歌われた「三百年は大豊年之古哥」にほかならない。明和の御鍬祭のころから各地で歌われ、遠江国周智郡水久保の「伊雑皇太神宮勧請記」は、この歌のいわれとして尾張国知多郡での奇瑞を記している。新居宿では「一束三把で五斗八升、搗いても剝いても五斗八升」と歌い、入野村にも似た文句が伝わる。慶応二年二月の三河岡崎領岩津村など九か村の御鍬百年祭でも「三百年之豊年シャ々々シャ」と歌われた。豊年を祝うこの歌は尾張・三河・遠江一帯に流行していた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。