壺に入る老人と七歳の寅吉
どんな伝承か
寅吉が天狗の界に出入りするようになった発端は奇妙なものだった。文化九年四月、七歳の寅吉が上野の池の端の五条天神のあたりで遊んでいると、五十がらみの老人が路傍に敷物を延べ、小さな壺から薬を取り出して通行人に売っていた。夕方になると老人は薬もつづらも敷物も残らず壺に押し込み、最後に自分の片足を突っ込んだかと思うと、全身がすっぽり収まってしまった。壺は生き物のように宙を飛び、どこかへ消えた。翌日も同じことが起きた。やがて老人は、占いを習いたければ一緒に壺へ入れと寅吉を誘い、菓子で機嫌を取ってとうとう連れ出した。壺が降りたのは常陸国の山あいの南台丈という所であった。
原典より
彼が初めて天狗界に出入するようになったのは奇妙な動機からだった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。