願正寺の納骨洞に骨を投じる墓なき村
どんな伝承か
鳥取市青谷町山根と南隣の河原には墓がない。両村の住民のほとんどが山根の浄土真宗本願寺派、願正寺の檀家で、死後も墓を作らないからである。昭和六年生まれの男性によれば、遺体は火葬し、遺骨は骨壺のまま寺へ持っていって納骨洞に投げ入れる。だれの骨かは分からなくなるが、それが何百年も続いてきた。何年か前に穴がいっぱいになり、奥へ掘り広げたという。供養塔の背後には投げ入れ口が三つあり、御影石らしい四角い蓋が載っている。檀家は現在四五〇ほどになる。
原典より
両墓制と散骨殯とは何か文献に見える古代の殯第12章 陰陽師・安倍晴明の墓なぜ晴明の墓とされたか長野県・木曾山中の晴明の墓安倍晴明の実像は、ほとんどわからない—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。