中世にさかのぼる犬神使いの記録
どんな伝承か
高知県土佐清水市下ノ加江に住んでいた百姓九郎右衛門の一家九人は、寛文十二年、犬神持ちと指弾されるのに堪えかねて薩摩へ逃亡した。子の仁右衛門は薩摩藩の取り調べに、代々犬神持ちとされ、近年、親が犬神をむざと人に憑けたため面目なく、母も嘆いて堪忍できず欠落したと訴え、他人への恨みは少しもないと述べている。一方、隣の阿波国では、これより二〇〇年前の文明四年に、国中の犬神使いの輩を捜し出して罪に問えと命じる執達状が出されていた。
原典より
おわりに和歌山県の南東部、熊野地方は、いつとも知れないころから死者の国とされていた。—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。