天狗に茶を運ばせた焼火山の良賢
どんな伝承か
飯綱(いづな・伊須那)の法は、荼吉尼の法と同じ系統の術とされる。管領細川勝元の子政元は四十歳ごろまで女を近づけず、魔法や飯綱・愛宕の法を修めたため跡継ぎを得られず、応仁の乱の一因になったと伝える。この法は僧にも伝わった。薩摩から隠岐に流れ着いた良賢坊主は焼火山の住持で、高崎坊も兼ね、常に伊須那を修めていた。焼火山に客があれば、高崎に置いた茶も天狗に一言命じるだけで運ばせ、欲しい物は何でも取り寄せたという。弟子の覚文坊も高崎坊で修行したが、その法で七年も大風が吹いたので天狗衆に嫌われて下山させられ、寺は絶え、本尊の薬師如来は千福寺へ移されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗)
『講座日本風俗史別巻 妖異風俗』は、『講座日本風俗史』の別巻として、複数の執筆者が妖しく異様な風俗を論じた巻である。淫祠と性の祭礼、戦後の新興宗教、性にまつわる迷信、妖術・忍術・奇術、憑きものと特殊家系、心霊術と催眠術、異類との婚姻、性と怪異の関わりを、古典の随筆や各地の報告、事件の記録から取り上げる。九つの章に分け、終章「日本妖異風土記」では関東から九州・沖縄までの怪異譚を地方別・県別に掲げる。