訴状が語る万蔵家の生霊と縁切り
どんな伝承か
万蔵の訴状によれば、西国行脚から二、三年たった頃、姉のヨシが原因不明の病にかかった。父の利平太が美田村の大山明前寺という尋ね上手の寺へ行って祈禱を頼むと、女との約束を破られた男の生霊のためだといわれた。いろいろ祈念してもらってもなかなか治らず、別府村の神主三人に祈禱をしてもらってようやく平癒した。その後は万蔵の女房が患い、流人坊主の観三に祈禱を頼むと、死霊の怨みだから小祠を建てて若宮を祀れという。祀ったところ、今度はその小祠のせいだと評判が立った。
原典より
ところが、それから二、三年たった頃、姉がふと不明の病気になり、いろいろ医療を加えてみましたが、一向にその験がありません。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。