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外道のたたりとされた死と万蔵の村八分

所在地島根県隠岐郡西ノ島町大字宇賀
年代文政十一年(1828年)頃
登場万蔵、牛三郎、権左衛門、作四郎、庄蔵、平太夫の嫡子・死者、幸十郎の妻の実家、万蔵の娘の嫁ぎ先
出典つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて

どんな伝承か

訴状の三年前、万蔵の女房の実家平太夫の跡取り権左衛門が病み、願成寺と別府村千福寺の祈禱もかいなく死んだ。翌々日、両寺の者と宇野玄馬の次男亀三郎が来て、死は万蔵方の外道(狐)のたたりだから平太夫と宇野玄馬の家は縁を切る、外道を連れ戻しに来いと告げた。万蔵が、証拠があるなら縁を切ればよい、外道がいるなら縄でくくって連れてこいと返すと、両家は狐の証拠があがったと村中に触れた。浜寄合いのあと牛三郎が村の総意として村役を降りよと迫り、万蔵は役を返上した。大山寺の使者の仲立ちで結んだ和解の約束も守られず、甥幸十郎の妻は実家に引き取られ、万蔵の娘も嫁ぎ先から戻された。

原典より

このようにして推移しますならば、私方は滅亡するより以外にはありません。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))

『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。

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