堆肥小屋に外道がいると口走った村人
どんな伝承か
昭和二十七年十二月十二日、山口県佐波郡和田村で、原田正(二十歳)は同じ村の富永彌一に呼び止められ、外道持ちの祖父に外道をつけられたせいで目を悪くし息子の嫁も死んだと責められた。原田家が大勢の前で向き合うと、富永は憑かれたように同じことを言い立て、外道は堆肥小屋に飼われていると口走ったが、小屋には何もいなかった。富永は法務局で謝ったものの、原田家は裁判沙汰にしたと部落から責められた。駐在署員によれば、この山あいでは外道や犬神、狐神の迷信が今も根強く、どの部落にも噂される家が一、二軒あったという。
原典より
山口地方法務局では、さつそく、富永さんに出頭を求めたところ、富永さんは「心神喪失の狀態になつて口走ったことで、原田さんの名誉を傷つけてすまないと思う」と一応謝罪した。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))
『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。