狐持ちの噂に引き裂かれた隔地心中
どんな伝承か
出雲大社のある簸川郡大社町遙堪と出雲市江田町で、離れた二軒の家にいた男女が、同じ日の同じ時刻に青酸カリを飲んで亡くなった。大社町の自動車商の松井操(三十四歳)と出雲市の美容師の江田富江(三十三歳)は四月に知り合い、夫婦になる約束を交わしていたが、富江の家は狐持ちだという噂を聞いた操の両親が結婚を認めなかった。思い詰めた二人は一包の青酸カリを分け合い、遺書と遺髪を取り交わしたうえで、十一月十八日の午後四時に命を絶った。富江は晴れ着に薄化粧をして自室で息絶えていたという。のちに富江の家が操の形見を一つ求めたが、狐持ちの風評のために聞き入れられなかった。
原典より
この世で結ばれないなら、あの世で晴れて結ばれましょうと、場所こそ違え同じ日の同じ時刻に、青酸カリをあおつた隔地心中事件は、まだ世間の人々の記憶に生々しい。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))
『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。