狐持ちと噂され破談続く三兄妹
どんな伝承か
昭和二十七年五月、松江法務局に一件の人権侵害の申告が持ち込まれた。八束郡伊野村大字野里の高橋タツ(仮名)が、同じ村の吉田定造(仮名)を相手取ったものである。高橋家には三十歳の長男を筆頭に年頃の子が三人いたが、家筋が悪い、狐持ちの家だと言われて縁談がことごとく壊れていた。直近も、久多美村の娘の父親が高橋家の近隣を聞いて回った末に破談になっている。高橋は、畑の所有権を巡って長く争ってきた吉田が言いふらしたのだと訴えたが、調査官は、その風評は以前から部落内にあったものだと報告した。
原典より
隠岐の人狐と、酒宴だけに終った人狐解消決議 ・・・・ 五二犬神が乳児を食っつたと絶交 ・・・・・・・ 五七堆肥小屋に外道を飼う …………………… 六〇つきもの持ちの類別とその性格 六二蛇持ち 犬神持ち 外道持ち とうびよ…—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))
『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。