もっこで可愛岳を越えた西郷の大睾丸
どんな伝承か
西南の役で西郷隆盛が可愛岳を越えて包囲を破ったとき、ひどく大きくなった睾丸の始末に困り、山の葛で編んだもっこに乗って落ちのびたという話がある。大正十五年の九州の旅で、宮崎の青島に遊んだ著者は、歴史談義に飽きた同行の堀内に、この大睾丸のもとは何の病かと話を向けた。堀内は象皮病だろう、ひどくかゆいものだそうだと答え、著者は、睾丸をかきかき孤軍で囲みを抜けて帰った英雄の姿に西郷の飾らない人柄がよく表れていると面白がったという。
原典より
それよりも西郷がえの岳越えをしたときには大睪丸の所置にこまって、山葛であんだモッコに乗って落ちたという史実について論じましようや。—— 私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。