舞妓お久の舞扇「如桜花」
どんな伝承か
伊勢の古市に、お久という舞妓がいた。日本海の大海戦に勝った連合艦隊のうち横須賀軍港所属の第一、第三艦隊が志摩湾に投錨し、司令官以下が戦勝奉告のため伊勢大神宮へ参拝したとき、宇治山田市長や三重県知事の招待で大歓迎会が催された。お久はその席で踊りを舞い、硝煙になれた東郷元帥はその美しい舞姿に恍惚として、筆を取り舞扇の裏へ「如桜花」と酔筆で書いた。のちお久が表にも一筆をと望んだので著者が取り次ぐと、元帥は対句はあんたが考えてくれるかと笑い、扇を紙に包んで用簞笥へしまった。後年その簞笥から元帥自筆で「往時夢如」と書いた紙片が見つかり、お久はそれを貼り合わせて掛物に仕立てたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。