嘉蔵宅裏木戸へお祓様天降り
どんな伝承か
慶応三年九月二十六日ごろ、飯田町へ伊勢御祓様が降ったという噂が伝わってきたが、その日にはもうこの宿場へも降札があった。二十八日の朝、大沼嘉蔵方の裏木戸口に御祓様が天降り、嘉蔵の目に当たった。有難く早速お迎え申し上げ、御神酒と洗米を奉献して拝礼したと大沼日記は記す。その朝から諸方へ次々と天降りがあり、家ごとに近所や親類衆へ披露して御酒を差し上げた。十月朔日ごろには町内のおよそ半分にも降り、賑々しい御祭礼となって家ごとに大酒盛りとなった。雨の中に降った御札も濡れてはいなかったといい、誠に前代未聞の有難きことであると書かれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
駒ケ根市誌 近世編 お札降り(駒ケ根市誌)
『駒ケ根市誌 近世編 お札降り』は、『駒ケ根市誌』近世編のうち、幕末の世情と「お札降りと民衆の狂乱」を記した一節である。慶応期の凶作と米価騰貴のなかで起きた吉五郎一件、松本平の打ちこわし、伊那谷の小作争議に続いて、慶応三年秋に赤須・上穂の宿場や村々へ伊勢大神宮の御祓などが降り、酒宴やヤッチョロ踊りの狂乱に広がったさまを述べる。上穂町の「大沼日記」と上穂村の「横山日記」を引いて日を追ってたどり、大政奉還から戊辰戦争へ向かう政局に結ぶ。