吉川谷渡瀬の庄屋に降ったお祓と大祭り
どんな伝承か
摂津三田に近い播磨国美嚢郡の吉川谷渡瀬では、年の暮れの勘定を済ませ、ほっとして祝い酒を飲んでいた庄屋の家に、太神宮のお祓が降ってきた。これをきっかけに一月二十七日から大祭りとなり、大庄屋が費やした品は白米十二石、煮物用の大豆一石五斗のほか煮しめなどにのぼった。酒は大釜二つで絶えず沸かしてふるまい、供え物や祝儀への返礼にあてた餅だけでも四、五貫かかったという。播磨ではこの吉川谷渡瀬の大祭りまでが、年越しの騒ぎとして知られている。
原典より
摂津三田に近い播州美嚢郡吉川谷渡瀬では、暮の勘定を仕上げて、ほっとして祝酒をしていた庄屋の家へ太神宮のお祓が降って、一月二十七日より大祭りとなった。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。