見付宿の髪結の家に降った伊勢のお祓
どんな伝承か
慶応三年八月十五日、天竜川を東に越えた見付宿では、宮小路の髪結松五郎方へ伊勢皇太神宮のお祓が降った。翌日には馬場の若狭屋が供物と投げ餅を提供し、つづいて見付宿の所々にもお祓が降り、十八日には若狭屋へも降った。そこで町内の若者が集まって社をつくって飾り立て、付近から幟や提灯の寄進もあり、これに参詣する者もあった。翌日は餅を搗いて町内の若者に振舞い、二十日には女子供を呼んで賽銭や餅をまき、祝宴を終えている。
原典より
天竜川を東に越えた見付宿では、八月十五日に宮小路髪結松五郎方へ伊勢皇太神宮のお祓が降り、翌日、馬場の若狭屋がお供えと投げ餅を提供し、つづいて見付宿の所々にお祓が降るが、十八日に若狭屋へ降る。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。