大門町に降った豊川稲荷の札
どんな伝承か
三河吉田から伊那谷へ入った札降りの波は、九月下旬には飯田の城下にまで達していた。城下の大門町では二十四日に豊川稲荷大明神の札が降ったとされ、町内をあげての祝宴がもたれたという。飯田はこの地方の起点となり、騒ぎはここから周辺の村々、さらに上伊那地方へと広がっていった。伊那谷の降札は上伊那に集中し、高遠の城下では二百四十軒を超える家に札が降ったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。