稲荷の正面に便所を置いた虎丸御殿
どんな伝承か
昭和十四年ごろ、語り手の親戚にあたる天鬼将軍こと薄という名物男が、牛込から中野へ移ってきた。中野駅前を南へ行って虎丸御殿と聞けば分かるという、浪曲家の二代目吉田奈良丸が晩年に建てた風変わりな家である。狭い庭を一面の池にし、大きな石灯籠や虎の間、上段の間まで設けた造りで、変わりすぎて買い手がつかなかった。裏の廊下に出た語り手は、庭の立派な豊川稲荷の社の真正面に便所があるのに気づき、拝むものの鼻先に不浄を置いてはいけないと、移すよう勧めた。薄はもっともだと応じたが、その四日目に外出先で頓死した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ)
『私は幽霊を見た――現代怪談実話傑作選』は、東雅夫が編んだ怪談実話のアンソロジーで、メディアファクトリーのMF文庫ダ・ヴィンチの一冊である。平山蘆江・火野葦平・佐藤春夫・徳川夢声・遠藤周作・柴田錬三郎から石原慎太郎・新倉イワオ・稲川淳二まで、作家や文化人が自ら見聞きした幽霊や怪異を書いた文章を集める。目次には二十三篇と編者解説が並び、水木しげる・山田野理夫・桝井寿郎の座談「怪談詮議」や中岡俊哉「イタコの謎を追う」の抄録も含む。