畑で拾われた箱祓と金谷宿
どんな伝承か
大井川の西岸にある渡し場、金谷宿の騒ぎは、宿内の市ヶ島に住む竹内弥三郎の娘が畑仕事に出て、たいよくと呼ぶところで長さ七寸五分ほどの箱祓を拾ったことに始まるとされる。娘が持ち帰った箱祓を弥三郎の家で祀ると、宿内の男女が次々と参詣に訪れた。八月の上旬のこととされてきたが、実は九月の上旬ではなかったかという推測もある。金谷宿に降った札は伊勢皇太神宮のものも多いが、秋葉山や大頭龍、豊川稲荷など土地に縁の深い神仏が目立つ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。