札の降らない村のおかげ御日待
どんな伝承か
現在の天竜市(現浜松市天竜区)では、近村にお札が降るというので「村方相談之上 おかげ信心御日待」を慶応三年九月二日より始め、二十四日まで御日待と酒宴を続けた。この地には御札そのものは降らなかったが、九月十二日に秋葉山・光明山へ裸参りをし、その後神酒で祝宴を張った。天竜川のさらに上流の佐久間町では十月十五日から不動尊などのお札が降り、それにともなう祝宴を「おかげ」と呼んだという。
原典より
ここには札降りはなかったが、十二日に秋葉山光明山へ裸参りし、その後神酒で祝宴を張った。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。