佐久間の不動尊札と白山宮への奉納
どんな伝承か
天竜川をさらにさかのぼった佐久間町では、十月十五日から不動尊などのお札が降り始めた。これに伴って村の中で開かれた祝宴を、土地の人びとは「おかげ」と呼んだ。十一月八日と九日には横吹と嶋村が騒ぎ、十七日に降った札を白山宮へ納めて区切りをつけたという。『佐久間町史』の史料編によって知られる例である。
原典より
天竜川のさらに上流にある佐久間町では、十月十五日から不動尊などのお札が降った。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。