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藤枝宿の練物と昼夜の裸参り

所在地静岡県藤枝市(藤枝宿)
年代慶応3年(1867)9月9日〜11月18日
登場仁平、小島屋、宿内白子町の年行事。宮参入用の縺れで悪評が集中した
出典ええじゃないか

どんな伝承か

駿河の藤枝宿では、慶応三年九月九日ごろから降札があったと推定される。当時島田の大井神社神主大楠家に養子入りしていた森重久は、降札のあった家が祭礼をするとき玉串や祝詞の奉納のために呼ばれ、かなり広い範囲へ出かけて、その間の事例を日記に書き残した。降ったものは伊勢皇太神宮のお祓が圧倒的だが、秋葉山・三峯山・御嶽山など権現信仰に関わるものも多い。騒ぎは山車の類の練物や俄が出てにぎわい、十月七日には夜通し雨大風寒のなか昼夜裸参りが出た。騒ぎは翌月まで続き、十一月十五日に村中代参として仁平が秋葉山へ出発し、十八日に帰村したところで終わったとみえる。

原典より

十月七日「夜通雨大風寒、裸参り昼夜出ル」などとあり、騒ぎは翌月までつづき、十一月十五日に秋葉山へ村中代参として仁平が出発し、十八日に帰村するところで藤枝の「ええじゃないか」は終わったものとみえる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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