鬼岩寺の山中に隠れ住む九十余歳の老翁
どんな伝承か
藤枝宿に在番していた人が鬼岩寺の山中を散策していると、絶壁の上に一軒の庵があり、老翁が住んでいた。年は九十を越え、眼光鋭く仙人のようであった。素性を尋ねると、もとは田中城主本多家の家臣で、家中の騒動で身を退き、のちに疑いは晴れたが再び仕えることを望まず、この山中に隠れ住んで世の煩いを逃れているのだと語った。そして馬を引き出し、岩壁や丸木橋を自在に跳び越える乗馬の術を見せたという。
原典より
遠州藤枝宿の在番の仁、鬼岩寺山中へ逍遥しけるに、絶壁の地に一宇の庵ありて一老翁住み居たり。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。