小池の秋葉社への裸参りと世直し歌
どんな伝承か
金谷宿の二度目の山は十月中旬で、小池の秋葉社への裸参りから始まった。さらし木綿の下帯に腹巻、鉢巻、腰蓑という出で立ちの裸参りの乱舞は、十日から十八日ごろまで、大井川で身を清めてから行われ、氏神や宿内の洞善院でも見られた。その間も札降りは続き、騒ぎは長引いた。群衆が裸参りに熱狂するなか、峰村からは豊年踊りが出て、伊勢参りから札降り、その祀り方、餅つき、銭撒き、御神酒の振舞いまでを歌い込んだ数え歌が唄われ、はやしことばには「コノヨナヲシニ」とあった。長く続いた騒ぎは大井川の渡船と宿場の働きを麻痺させたという。
原典より
つぎの十月中旬のピーク時は、小池の秋葉社への参詣に始まる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。