藩主の御殿に降った谷汲山の札
どんな伝承か
慶応三年九月二十七日、美濃の大垣で、皇太神宮と谷汲山観音の札が藩主の御殿に降った。藩主はみずから谷汲山へ参詣したという。九月一日に揖斐川の湊に札が降ったのを皮切りに、美濃では笠松・加納・墨俣などを経て大垣にも札降りが及んでいた。
原典より
九月二十七日、大垣では皇太神宮と谷汲山観音のお札が「大垣殿様御殿」に降り、藩主みずから谷汲山へ参詣した。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。