第二編 第一章 第五節 三田光一氏の透視
どんな伝承か
大正六年二月十八日、通信実験として二枚の乾板を厳重に封じて神戸の三田光一氏のもとへ郵送し、浅草観音堂裏に掲げられた山岡鉄舟の額の文字を神戸にいながら透視したうえで念写するよう依頼した。三田氏は額の文字を「南無觀世音」と透視し、乾板の一枚に念写。二月二十一日に返送された乾板を、封を解かずに現像すると、一枚には「南無觀世音」の五字がはっきりと現れ、もう一枚は無感光だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉)
『三田光一の念写と透視能力に関する研究記録』は、福来友吉の著作から、霊能者三田光一を扱う節を抜き出したものである。大正六年の通信による透視実験と、同年の名古屋の県会議事堂、大正七年の尼崎実科高等女学校、昭和四年末から翌年元日の日本地下水協会、昭和五年の京都嵯峨と牧野家での念写実験を、立会人や乾板の封じ方まで含めて報告する。実験ごとに著者の感想を項目立てで記し、霊の幻化の章とホープ氏の心霊写真の節の冒頭も含む。