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三十対の太神宮が降った甲賀村

所在地三重県志摩市阿児町甲賀
年代慶応3年11月上旬
登場貧乏人の家ほか
出典ええじゃないか

どんな伝承か

伊勢の隣国、志摩国のお札降りは、いずれも慶応三年十一月上旬のことである。布施田村では揃いの衣装で参宮に出ており、そのほか南船越村では貧乏人の家へ札が降った。甲賀村では太神宮三十対のほか、弁財天や巻物などが降り、これを機におかげまいりが波及したという。伊勢の門前町で高揚した騒ぎが、隣国の志摩にまで及んでいたことがわかる。

原典より

前出の布施田村のほかは南船越村(現在鳥羽市)で貧乏人の家へ、甲賀村(現在阿児町)で太神宮三〇対、弁財天、巻物などが降り、「お蔭まいり」が波及した(「不思議之扣」)。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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