米とすりぬかに埋められた継子とほん子
どんな伝承か
昔、ある家に継子と実の子がいて、継母はいつも継子をいじめていた。ある日、継母は実の子を米の中に、継子をすりぬかの中に埋めた。米の中の子は米を食べて腹いっぱいになり、すりぬかの中の子は空腹のあまり死んでしまうだろうと考えたのである。ところが、しばらくして見に行くと、米の中の実の子は冷えきって凍え死んでおり、すりぬかの中の継子はぬかの温かさに守られて生きていたという。大多和の松山とりが、父の松山新三郎から聞いた話として語った昔話である。
原典より
それでしばらくいて見ると、ほん子は米の中でこごえて死んどったが、まま子はすりぬかの中はぬくいけに生きとったそうな。—— ダムに沈む ―香川県長尾町前山地区民俗誌(武田明・高橋克夫ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ダムに沈む ―香川県長尾町前山地区民俗誌(武田明・高橋克夫ほか)
『ダムに沈む ―香川県長尾町前山地区民俗誌』は、武田明・高橋克夫らが香川県長尾町の前山地区の暮らしを記した民俗誌である。祭りの項に続く「口承文芸」の項を昔話と伝説・世間話に分け、昔話は星越・大多和・譲りはの古老の語りを話者の名を添えて土地の言葉のまま書きとめる。伝説と世間話には中津・大多和・ゆずりはなどの天狗石や川女郎、首切れ馬、桂洞法印の化物寺の話を収め、項の末尾に執筆者の名を記す。