以仁王を救った氷玉峠の雹
どんな伝承か
治承四年の夏、宇治川の戦に敗れた高倉宮以仁王は、関東沼田から檜枝岐を経て奥会津を通り、越後を頼って落ち延びる途中、七月十六日に山本村に着き、戸右衛門の家に泊まった。翌日、里人の案内で高峰峠まで出立したが暴風雨で前進できず引き返し、十八日に改めて進発した。この日、平家方の柳津の住人石川有光が聞きつけ、多勢で高峰峠まで押し寄せると、一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに雨雹が氷玉となって大地を叩き、逃げる石川勢に追い討ちをかけた。王の主従に害はなく、山本村は大内村と改められ、高峰峠は氷玉峠と呼ばれるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。