玄蕃が両手で運んだヘイホウ石
どんな伝承か
大竹玄蕃は関東の出稼ぎ先から大峠を越え、三斗小屋道をとぼとぼと故郷の楢原へ帰る途中、加藤谷の川原で直径五〇センチほどの安山岩の丸石を二個見つけた。稼ぎは少なかったが村の者を驚かせてやろうと、その二つを両手に軽々と持ち上げ、ヘイホウをつきながら村まで運んできた。記念にと軒場へ並べ、これが金の玉なら力のない奴でも盗んでいくだろうにと、時々独りで笑んでいた。ところが石でもやはり盗まれ、明治十六年の新県道開設のとき石屋が一つを打ち割って道路の石垣に積み込んだ。止める者があって残った一つが、今も生家の向かいの家の軒端に保存されている。
原典より
玄蕃のヘイホウ石 大竹玄蕃、関東の出稼ぎ先から大峠を越え、三斗小屋道をトボトボと故郷楢原へ帰る途中、加藤谷川原で直径五○センチほどの、安山岩の丸石を二個見つけて、「稼ぎは少なかったが、せめて村の奴らをたまがして見べえ」と…—— 下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。