貞任の娘を祀る大沢神社
どんな伝承か
安倍貞任の娘が世間をはばかって宇内に隠れ住んでいたが、ライ病にかかったため村人は遠ざかり、ついに塔寺北のドスが沢に小屋を建てて移した。蛙田の村人はこれを気の毒に思い、沢からつれて来て村北に小屋を建てて住まわせ、生活の面倒を見て慰めた。娘は感激して月日を送ったが、十分な医療もない昔のこととて死んでしまった。村人は気の毒に思い、住んでいた所に葬って石像を刻み、大沢大権現と名付けて参った。一説には、ドスが沢にいるうちに洪水で小屋ごと流され、蛙田の村北に漂着して溺死したともいう。子供にクサデキモノができると白粉を石像の口辺に塗り、残りを子供に塗ると治るという。明治になって大沢神社と改められた。
原典より
安倍貞任の娘が、世間をはばかって宇内に隠れ住んでいた。—— 会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史・自治体史(民俗))
福島県会津坂下町の自然伝説・歴史的伝説・信仰伝説を網羅する。