壹子が一人で引いた千曳石
どんな伝承か
『土の鈴』にかつて書いた千曳石の話について、その後『奥々風土記』という写本を見ると、その由来が加藤吐堂の日本風俗志とは別の話に書かれていたので追補する。文に曰く、野辺地村に千曳神社があり、古老の伝えによれば、往古この辺に碑があった。はなはだ大きな石であったので、土地の人が新墾に不便だとしてその石碑を引き退けようとしたが、多人数で引いても動かなかった。ところが坪村の壹子という女が出て、ただ一人で引くと、いと心よく引かれたという。かかる奇霊のことがあったので、石碑を土中に埋め、その上に宮を立てて千曳神と称え奉ったのだと伝える。世に壺の碑と呼ばれるのはこれである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
農民俚譚(佐々木喜善(著)・本山桂川(編)・佐々木喜善・東北民俗・1934年(昭和9年))
『農民俚譚』は、佐々木喜善が書きためた昔話や伝説を、その没後に本山桂川が編んで昭和九年に刊行した本である。陸中の和賀郡・岩手郡・胆沢郡で集めた炭焼長者や瘤取爺などの昔話に、河童・山男・山女・人柱・蛇にまつわる伝説、地蔵の話、異類に嫁ぐ女の話を記した「縁女綺聞」、紫波郡の口碑による「鳥蟲木石伝」などを収める。郡ごとの昔話には大正十三年の日付の前書きが付き、巻末に本山桂川の追想「佐佐木喜善君の遺業と其晩年」を置く。