鰐鮫の腹から吐き出された医者
どんな伝承か
或る渡し場で、乗合の船が突然動かなくなった。船頭は、鰐鮫が客の誰かを見込んだためだから、めいめい持ち物を一つずつ海へ投げよ、見込まれた者の物だけが沈むと言った。皆が投げると、ゲンナという医者坊主の手拭だけが引き込まれるように沈んだ。ゲンナは一同を救うためと覚悟して薬箱を肩に水へ飛び込み、鰐鮫に呑まれた。暗い腹の中で一番苦い薬を取り出し、腹一面に塗りつけると、鰐鮫は堪えかねて吐き出し、ゲンナは渚の砂の上へ投げ出された。人々は介抱し、砂浜で祝いの酒盛りを始めた。ゲンナが踊って歌うと、海から鰐鮫が顔を出して罵ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。